昨夜、久しぶりに実家に電話をした。母はお皿洗い中で、父が出た。
政治情勢の話、娘(父にとっては孫)の話、姪っ子の話、夫の父の話、ピアノの話、私の国家試験の話、卒業式の話、えーとまだ他に話さなきゃと思ってたこと何かなかったっけ・・・このときすでに25分経過である。「お母さんお皿洗い終わってる?」「もう2階あがっちゃった。」じゃあ今日はもういいや。
昔から父は話し上戸である。そして私の長い話にもよくつきあってくれる。私も父の長い話によくつきあってきた。私が高校生の頃などは、夕食後さっさと2階に上がろうとする娘をなんとか引きとめ、「うちにはだんらんがないのか!」とすねるものだから、やれやれと思ったものだ。男の人は長い文脈を読み取ることが苦手と言われるけれど、父は全然そんなことはない。長文読解どんとこいである。

対してうちの夫はできることならなるべく話さないで済ませたいタイプである。外で仕事をしている場面ではそれを感じさせないが、それは実は努力モードでいる状態に近い。家庭では語彙力めっちゃ省エネモードでラクに過ごしている。「魔女の宅急便」のパン屋のオソノさんの旦那さんみたいな感じである。
あのキャラクターの声優さん、ほとんどセリフがない。飛行船がとんでいるのをオソノさんに知らせるべく「おい。」と言ったのが映画の中で唯一のセリフだったんじゃないだろうか。ラストの場面で産気づいた自分の妻に「先生をよんで。生まれそうよ。」と言われても、慌てふためいてコーヒーカップをこぼしながら走り出したときも何のセリフも発していない。
おしゃべりと脳の機能局在
リハビリテーション医学で失語症について学んだとき、脳のどの部分を損傷するかによって症状に違いが出てくることを学んだ。
前頭葉を傷害されると、言われてることは分かっちゃいるけど、うまくしゃべれない。(ブローカ失語)なぜなら前頭葉は一次運動野があるから。
側頭葉を傷害されると、相手が何を言ってるのか分からず、見当違いなことをしゃべってしまう。(ウェルニッケ失語)例えると、「この部屋は寒くないですか?」→「私の名前はヤマダです。」みたいな。なぜなら、側頭葉には言語理解、聴覚処理の機能があるから。

これを考えると、父の言語理解の能力が高いのは側頭葉が発達しているからではないかと思われる。そしてそして、側頭葉は、聴覚理解も担っているから、音楽をする人はもちろんここが発達しているであろう。つまり、側頭葉💮=言語能力💮=音楽能力💮と言えるかもしれない。
父は若い頃よりジャズが好きで、高校生の頃からジャズ喫茶に通っていたという。(館林にジャズ喫茶なるしゃれたものがあったのもびっくりだ)そして長く楽器店に勤め、自分ではギターを演奏する。家にはレコードがたくさんあり、そんな父の影響で私は音楽への道を進むこととなったのだ。こんなことからも、音楽にも明るいといえる父。まさに、側頭葉が力を発揮してきたのであろう。
実は、もう1人身内で「側頭葉、レベル高し!」と感じる人物がいる。それが姪っ子だ。

今度小学校に上がる彼女は、2歳の頃から言葉ベラベラ、長い文脈を容易に話し、大人との会話も流暢に楽しむ。きっと何か楽器をやったらすごく上達するんじゃないかな。今は体操教室だかダンスだかに一生懸命らしいから、そちらも楽しみだけどね。