先日、娘と二人で長野県の諏訪大社へ1泊2日の列車旅へ行ってきました。なぜ列車かって?長距離かつ知らない土地での運転に少し自信が無くて・・・。20代の(怖いもの知らずの)時は、同じく長野旅行には車で行ったのにね?
安中榛名駅から新幹線に乗る。夫の「うちから40分で着くよ。」のアドバイスに反して、しっかり1時間かかった。無料駐車場が見えているのになかなかたどり着けず、ぐるぐるとして少し慌てたが、なんとかちょうどの時間に間に合い安堵する。
約15分の新幹線乗車時間。昨日のうちに作っておいた鶏ひき肉の豆腐ハンバーグ弁当と朝にぎったおにぎりで朝食を済ませる。
わずか2駅めの佐久平駅で降り、小海線に乗り換え。
この小海線は、なかなかレトロでローカルな線だ。長野から途中山梨の清里高原なども経由して、再び長野の小淵沢まで伸びる、78.9㎞の路線だ。別名八ヶ岳高原線。JR在来線の中では最も標高が高いところを走っている。この列車から見える景色も楽しみにしていた。
しかし。
乗車して、車両の中ほどの座席におちついてすぐ感じる異変。ガガガガガ・・・・。
すごい振動。電車ってこんなに振動するんだっけ?例えると、ダンプカーのエンジンというか、大型バスのすごい揺れるタイプというか・・・。下から揺らされてる感が・・・。やばい。酔う。前日わくわくしてあまり寝られなかったことも災いして、ますます気持ち悪くなってきた。
どうする?鍼刺す。
どうしよう。2時間乗りっぱなしなのに!嫌になっても降りられない(泣)
この小海線、非電化レールとはちらっと見た気がするが、とくに気にしていなかった。よくよく調べてみると、「ディーゼルエンジンと電気モーターを組み合わせた、低燃費・低公害ハイブリッド列車」ということらしい。
このままだと乗り物酔い一直線を察知した私は、試しに座席を端に移動してみた。さっきよりは幾分マシ、かもしれない。そして、鍼灸師ならこんな時に必ず使うテッパンツボ、「内関」に円皮鍼を貼る。

ああ、大丈夫かもしれない。よかった。
自分で自分のこと治療できるってなんて素晴らしいんだろう!心強いんだろう!
静かに感動しながら、経絡病症的に耳の症状と関係のある小腸経や三焦経のツボをそれとなく刺激しながら過ごす。あいにく八ヶ岳は曇り空ですっきりとはその姿を確認することはできなかったが、山の木立の中を小海線は元気よく進む。こんな小高い自然の中を安全に走るには、陰に列車や線路のメンテナンスを日々している人の姿があるのだろうと、その方達への敬意が湧いてくる。
やがて、小淵沢駅へ着き、JR中央本線に乗り換え。

5駅ほどで茅野駅に到着。
茅野駅で大きな荷物をコインロッカーへ。
そしてタクシーに乗る。「諏訪大社本宮までお願いします。」
本宮前は、大きなお土産売り場やタクシー乗り場などがあって、観光客の姿が見られた。が、春休みといえども平日のせいか、それほど混んでいるという感じでは無い。
お昼にはちょっと早かったが、ランチにお目当てのお店があったので、混む前にとまずその店に向かうことにした。1本別の通り沿いにある、古民家を改修したネパールカレーのお店、アナンダ。

スパイスのいい匂いが、通りまでしてきます~。
二人して、インドやネパールのカレーがわりと好きなので、期待が高まります。

チキンカレーのダルバードセット。レモンソーダ(無糖)をつけて。
ジャガイモやオクラ、お豆などがスパイスで和えてあるお惣菜のような付け合わせがたくさんあるのがうれしい!どれも滋味深くておいしい♡カレーもスープも、スパイスのせいか味が立体的。レモンソーダが無糖でなかったら頼むことはなかったけれど、これは頼んで正解。少々暑かったせいか、炭酸が美味しく感じる。
いよいよ本宮へ
本宮のまわりは見上げると首が痛くなるほど高い杉の木に覆われている。なんか、ご神木と簡単に言えばそれまでだけど、何かが宿っているんじゃないかと感じさせるような木々だ。
手水からは温泉が。

本殿へ。
私はこれから始まる鍼灸師としてのことを、娘は進路のことを願ったという。
そうそう、絵馬も奉納。

梶の葉紋かな?
裏にびっしり書きました。やっぱり、心の中に思ってるだけじゃなくて、文面に表すと、願い事ってより具現化しそうですね。

勅願殿。

話しかけてきそうな巨木。その隣には、御柱!

神馬舎。中には、木製のお馬さんが。
そして、ブルーの線で囲まれたところにはこんな感じの ↓ 馬の絵が。

先ほど、絵馬を奉納したと言いましたが、昔は本物の馬を奉納していたようです。古来、馬は神様や貴人が乗るものとされ、人々が馬を高貴なものとして崇めていたことが、凜々しく描かれた馬の絵からも伝わってきます。

入口御門 布橋。

この本宮の敷地内だけでも色々「神様」を感じるところがあって、それは「自然」とか「気」とか「見えないエネルギー」とも言い替えられるんだけど、日本人はそういうものと共に生きてきて、あらゆるものに神が宿る「八百万(やおろず)の神の国」とも言い表されてきましたよね。これって、東洋医学で学んだ「気一元論」ともすごく近い感じがします。すべてのものはまず「気」から。この「気」とは、ものごとを動かしたり時に具現化したりする見えないエネルギーなのです。そういうものを敬い、かつ身近に感じながら長い歴史を刻んできた日本の神道文化に改めて感動しながら本宮を後にしたのでした。
この後、約2㎞離れた前宮まで「ま、歩けないことないよね~。」と、徒歩での移動を決めたことが間違いでした。自分が虚証であることも忘れて・・・。
~続く~