午前中に富士見に用があったので、午後は私がかつて所属していた古巣の楽団、前橋市民吹奏楽団のコンサートに足を伸ばす。昨年度まで、毎日前橋通いをしていたのに、学業が大変すぎて余裕が無く、市吹にお邪魔するのはかなりご無沙汰状態。何年かぶりの元気21(中央公民館)に、入り方を一瞬迷う。

すると、満車!そして満席!大盛況のコンサートだ。ホリデーっていつもこんなだっけ?客層もかなり幅広い。市吹が、音楽をやっている人のみならず、そうでない一般の人達からも愛される楽団なんだなあと、嬉しくなった。

そして、団員の顔ぶれを見ると、懐かしい人もちゃんと残っていて、そういう人達の姿を見るとほっとするし、嬉しい。なんていうんだろ、時は流れるし、世の中も自分も相手も色々変わってゆく、だけど、かつて20年前そうだったように、あの席に座って同じように楽器を吹いている、それってすごく尊いことだと思う。この変化の激しい時代に、変わらずに続けていくってすごいことだ。

私が市吹の門を叩いたのは、大体24年前。妊娠出産期にお休みしたこともあるけれど、20代、30代の生活は仕事に次いで多くの時間を費やしてきたし、多くの仲間、多くの経験、多くの音楽を私にもたらした。僻地校勤務が3年間終わったあと、好きに次の勤務地を選べる権限があったのだけど、当時、郷里ではなく前橋勤務を選んだ。理由は前橋市吹の団員としての活動があったから。

今は市吹という現場を離れているけれど、高校のOBみたいな感覚で、母校ならぬ母団の活躍を気にはしている。

8年くらい前、教員の仕事もより忙しくなってしまったり、家事も育児も、そもそも週2回の前橋への練習通いもいっぱいいっぱいになってしまったりして、楽器を吹くことは仕方なくストップした。(そして色々あって鍼灸学生になったりもした)

こんなに長い間吹いてないのに、会うと未だに復帰を強く勧めて下さる方がけっこういて、自分としてはありがたいやらくすぐったいやら、不思議な感覚だ。なぜなら、今の自分の生活には、ファゴットのファの字も無いから(笑)でもマエストロ(指揮者の方)の誘いは、明確に断れなくて困る。

師と仰ぐ方は人生で何名かいらっしゃるけれど、前橋市吹のマエストロは自分にとって師匠だ。音楽を教わっただけでは無い、音楽を通して物事の神髄、精神性、みたいなものを教わった。鍼灸の学校でも、尊敬してやまないF先生がそんな感じだった。東洋医学概論と臨床医学総論を通して、物事の神髄、臨床家道みたいなものを教わった。

後は、単純にファゴットという楽器がマイナーで、演奏人口が少ないということも大きいと思う。事実、私の記憶する限りではここしばらく前橋市吹には新規のファゴットの入団者がいない。中学校の部活動の在り方も大きく変ってきているし、この荒波の中、生きのいいピチピチのファゴットのニューフェイスさんが入団してくれるのは難しいのかもしれない。この楽器、高価で扱いも難しい上に、音量的には目立たず、けして派手な存在ではないのだ。必死に難しいことを吹いていても合奏の上ではかき消され、演奏会を聴きに来た親からは「あれ?今日降り番だったんだろ?ファゴットいたの分からなかったな。」と言われくやしい思いをしたこともある。

復帰に関して、皆さんのご期待に応えられたら私も幸せなのだけれど、自分は久しぶりの楽器演奏で、すぐにチャチャッと吹けてササッとアンサンブルになじめて・・・という器用なタイプでは無い。地味にゆっくり積み重ねていってようやく、というタイプなので今から皆さんのレベルに自分をあげていくのは、チョット先が見えない事だと思う。

そしてかおり鍼灸ルームのプレ開業・モニター募集について、「SNS見てます!」とか、「鍼灸興味あるんですよね・・・。」とか、「今度お願いしようと思っていて。」「ちょうど首が・・・。」「腰が・・・。」などという声もいただいた。楽器を長時間吹く人なりの体の使い方の事情もあるかもしれない。モニター様は積極募集中、市吹関係メンバーならなおのこと大歓迎。

今日は、生演奏と懐かしい人達との再会に元気をもらった日になった。